Snow Queen 15

 

天照館高校現総代、九条綾人の死は、ペンタファングのメンバーにとっても少なからず衝撃的なニュースだった。

まさか、と思い、そうか、と理解する。

ただそれだけの行為の中に、殊の外複雑な感情が去来するようで、薙は暫し呆然と言葉の意味を噛み締めていた。

出雲での騒動の後、月詠生と共に輸送された先は天照郷―――学院と対をなす討魔の総本家、鎮守人育成機関である天照館高校を擁する秘境であった。

治療の傍ら、事情を聞かれて、今更、機密をいう気分でもなかったのだけれど、薙は体裁を守るために黙秘を続けた。任務に忠実である事が、リーダーたる自身の勤めであると考えていたから。

細かな事情は他のメンバーが伝えたようだった。その方が都合いい。

もし、今後そのことに関して咎があったとしても、自身はあずかり知らぬ事だとしらを切りとおせば、恐らくリーダーの責任問題程度に処罰は抑えられるだろう。

緊急事態なのだし、特例はあって然るべきだ。

代わりに薙は豊の事ばかり考えていた。

あの時見せた、涙の意味。

今になればわかる。

彼は務めを果たすため、非情な選択を強いられたのだと聞いた。

任務か、私情か。

薙にとって思考の余地も無いようなことでも、豊にとっては身を裂かれるほど辛い事であったのだろうと理解できてしまう。なぜか。

そんな自分がよく分からなかった。

けれど、一つだけ明らかな事は、これまでの全ての原因は月詠学院―――森準一郎の謀であったということ。

ペンタファングの廃棄、件の実験体の開発、実戦投入及び、天照館の弱体化計画。

何もかもあの小心で野卑な男が仕組んだ、くだらない猿芝居だ。

結果、引かれた図面と違う形ではあるが、目的は半ば達せられた。

ここで大きな影響力のある、将来を渇望されていた一人の若者が死んだ。

少なくとも執行部は確実に弱体化しただろう。

気脈はすっかり乱れてしまったし、彼らは今、一様に喪に服し、涙に暮れている。

正直、薙にとってそんな事はどうでもいい。

天照郷がどうなろうと、指導者を失った執行部が路頭に迷おうと、知ったことでは無い。

現状を推察する限り月詠に帰還する事はまだ得策では無いだろう。

こんなことになって、担当教官の呉がどのような扱いを受けているのかはもちろん気がかりであったけれど、それ以上の懸念が胸の奥にあった。

ただ一人。

―――秋津豊の事だけ。

泣き顔など何度も見た。

僕が泣かせた―――理由はよくわからない、そしてそれは今もあまり変わらない。

けれど、ただ一瞬。

出雲の地で見た彼の涙が、今でも瞼の裏に焼き付いて離れない。

あれから豊にはまだ逢えていなかった。

会おうと思えば逢えたのかもしれないけれど、薙にはなぜかそれが出来なかった。

今頃、どうしているのだろうか。

記憶に残る最後の姿は憔悴して、酷くうつろな目をしていた。

今にも消えてしまいそうだと思った、その彼が、僕を見て、するりと涙を―――

「っつ」

咄嗟に顔を覆い、首を振る。

わからない。

何もわからない。理由も、意味も、この苛立ちの原因も、何故こんなにも動揺しているのかも。

感じる心が、僕には無い。

(けれど)

―――行かねば。

メンバー達はまだ傷が癒えていないし、危地とわかっている場所に同行させる事も出来ない。

けれど、僕だけは月詠に戻らねば。

ペンタファングのリーダーとして、責任を全うするために。

真実を知るため、それと、真意を質すため。

豊は泣いていた。

その涙が衝動をより強いものにしていると、薙は気づいていた。けれど、何故?

「迷っている暇は無い」

吹っ切るように呟いて、直後、飛河薙は天照郷からたった一人で姿を消したのだった。